yzb’s diary

仕事と禅と病気(ガンサバイバーです)

コロナに感染して3日間寝た

家族の一人がコロナに感染して、それを受けて全員がコロナになってしまった。自分も38度の熱が出てしまい、3日間寝た。最初の頃はひたすらしんどくて、寝てるのか寝てないのかわからない状況だったが、体温が下がってくるとじっと寝ていられるようになった。コロナがはやり始めたころに比べると自分の感染したコロナ株は悪性が弱まっているはずで、それでもしんどかった。猛威を振るっていた頃に感染された方々の辛さをお察し申し上げます。

コロナ感染中はただひたすら寝ていて時間が止まっていた。時間が止まっていたからといって何か洞察を得たとかそういうことはなくただ3日分、72時間分の時間が溶けた。お仕事上のお約束等も飛ばしてしまった*1。それでもまぁ時間がたんまりできたので病中から平常を振り返って小さい気づきはあった。

最も大きいのは、、「ウイルスは自己複製だけしている利己的な存在ではない。むしろウイルスは利他的な存在である」という福岡伸一教授の説について、この記事を読んだ時はなるほど、そうかと納得したが、いざ自分がウイルスに感染すると、自分にとってコロナ感染は何もメリットがないではないか?とハラ落ちしないことのギャップであった。頭でわかったつもりでもいざ当事者になるとまったく納得できないというこのギャップ。自分の理解力がいかに薄っぺらいのかがよく分かった。記事を読んだだけでは知ったというレベルでしないと思い知れ俺ということろか。あるいは、実は感染して恩恵を被っているのに見識の狭さゆえに気づけていないのかも。例えば、病気になって初めて健康のありがたさを知るというのはよく言われる事で、数日間寝込んでいる時は、健康だった頃どこにでも普通に出かけられたのは実はありがたいことなのだなーと思い知りましたが・・これは風邪で寝込んでもそう思うわけで、、コロナが運んできた情報って一体何なんだろうと思うのです。。ですが、人は物語を作って物事を納得すると自分は思っておりまして、後から今日を振り返った時に、コロナに感染した意味を見つけるのかもしれません。

■追記

普段の生活に戻って気づいた変化点として、若干楽観的になった気がする。普段だったら、これどうするのよ(ズシーン)となるのだが、そうならない。なぜかはわからない。よく寝たせい? それとも高熱の体験をして身体意識が高まった??

 

■参考URL

「ウイルスは撲滅できない」福岡伸一さんが語る動的平衡:朝日新聞デジタル

*1:幸い「コロナだったらしょうがないですね」とは言ってもらえたが、リカバリ必要