yzb’s diary

仕事と禅と病気(ガンサバイバーです)

明日の心配は妄想、妄想は相手にしない

自分は心配性で、日曜日の夕方になると、月曜日からの仕事の事が気になって気持ちが沈んでいた。これはまぁよくあるサザエさん症候群と呼ばれる現象で、サザエさんには悪いけど、日曜日の夕方からブルーになるというやつ。大事な会議とかレビューとか、溜まっている課題とか、近々起こる出来事を想像すると、心配が増大して、本来関係のない「今、ここ」に侵食してきて気分が塞ぎ気味になる。
「反応しない練習」を読むと記憶や明日の心配は心が作り出す妄想であることが分かる。記憶は時間が経つと段々と怪しくなるし、明日の仕事の心配は頭の中の想像であって現実ではない。過去の記憶による悔やみや落ち込み、未来の想像による心配は、心が作り出した妄想であって、その妄想で引き起こされる感情は真実でははない。
妄想によって出された感情で、貴重でもう戻らない「今、ここ」を汚してはならない。一番集中すべき「今、ここ」を軽んじて、過去や未来の事で今をおぼろげにしてはならない。そう思うに至った。で、、明日の事を想像して心配する気持ちが沸き上がる瞬間に気づき、それは妄想、これ以上気持ちを振り向けないと自分に言い聞かせるようにした。そういう心の勝手な動きをラベリングで止めるようにしたら、だんだんと気持ちが「今、ここ」に集中できるようになった。
心が「今、ここ」に集中していると、気持ちが落ち着くし、余計な心配をせずに気持ちが楽になる。ただ、、これまでは過去と未来の心の雑音の中で「今、ここ」を過ごしていたせいか、「今、ここ」に集中すると、いろんな音が聞こえすぎるような気がする。特に車とかバイクの音(マフラーを改造したバイクとか)がかなり辛い。それに、、自分の心の動きがよく見えるせいか、心の中で悪態をついている自分が居て、、自分がこんなに悪い人だったのか?とギクリとさせられる。
明日の仕事の事に対して気を配らなくていいとは思わないけど(むしろ気を配るべき)、明日の事を考えすぎて心配が増大して今がおろそかになるぐらいなら、考えない方がまし。